ハイスペック・バカ

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衰退の一途をたどるのです

なんかものすごく倦怠期な感じで。
有り体に言えば何もする気にならないという事です。
何もする気にならないということは文章を打つことも面倒くさく、ともすれば息をするのも面倒くせえーという事にもなりかねません。
まあこうして打ってる段階でそこまでひどくもないのですが。
しかし本当は書きたい事がいくつかあるんですけどもなかなか頭でまとまらないというかまとめる気にならないというかそういう感じでありますのでその辺は「まて、次回!」的な感じでひとつ。
とりあえず何もする気にならないので積んであった小説を読んで暮らしている次第。まあラノベですが。なんか一時期「たまにはラノベにも手を出してみてはどうかね、ん?」とか勝手に思ってちょこちょこ買ってたんですけど買って満足してましたエヘ。つうか早くゲドの続き読めと自分でも思いますが。

最近はちょっと模型も休み気味。
週末にガタケットもありますし、そこらでうまいこと充電してまた頑張ろうかな、という、ようするに「未来の自分に期待しよう」という感じであります。一般的にそういうのは成功しません。


ああ、そういやだらよ3※、クリアしましたよ。まだやる気があった頃に。
えーと、まあまた後日語ります(ホントにやる気ないなこの人)。
とりあえず最後の辺りのヒントだけでも書いておこう。
「無欲無心の人」というのは、ようするに「何も心にとどめておかない人」ならOKという事ですね。いつも深く心に刻み込みながら爆弾発見にいそしむ貴方も、たまには何も考えず、あるがままを受け入れてみてはいかがでしょうか。

そういう訳で、別にお休みとかそういうつもりはないのですが、やる気が出たらお会いしましょう。いやまあ来週には何かしら書いてると思いますが。何もする気がないとか言っておいてこんだけ書けてる訳ですし。きっと大丈夫です。
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    22:13 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

人それぞれのエロス

 人間がエロスを感じる条件の一つに「隠れている」というのがあるらしく。見えないから見たい、見えないからこそチラリと見えた時に興奮する、というのは確かに存在しますな。中には我慢出来なくて鏡を駆使したりする人もいましたが。
 逆に言えば常に見えているならそれはエロスを感じないわけで、なるほどアフリカの少数民族を紹介する番組とか見ているとおっぱい丸出しで生活してるけどあれはエロくない。あの人たちは俺たち裸がユニフォーム、を体現してる人たちだからなあ。
 最近のあまり隠れていない姿がメインとなっている状況は、むしろエロさに対して鈍感になってしまう状況を作っているのではないでしょうかね。刺激も慣れてしまえば刺激と感じなくなってしまうように。どんどん露出度の高さを競うようになっていくと、最終的には露出そのものではエロく感じることもなく、他の方向に流れてしまうかもしれない。音がエロい、とか。
 そう考えると女性は人前で顔を見せずに常にベールなどで隠さなければならない地方の人たちは我々が想像する以上にエロを満喫しているのかもしれないですよ。

 と言う事は、仮にずっと人前では絶対に耳を露出しないで暮らしている人たちがいたとすると(男女で形状や機能が変わらないものなので無理があるかもしれませんけど)、耳が見える事に物凄い興奮するのでしょうか。耳が見られる事が恥ずかしい、という風潮であるならば家族の間でもあまり見せることはせず、お風呂と就寝時くらいしか露出せず、お父さんは帰宅するなり耳を露出して年頃の娘に嫌がられたり。
 で、男性はどうにかして耳を見ようとするわけですよ。クラスでもあいつの耳たぶはすげえ、とかそういう話でもちきり。エロ本も耳の露出っぷりが売り上げを左右。穴解禁なんていったら祭。性器崇拝的なものの延長で耳の形した御神体とか作られるね。蝶々は我々の世界でいうあわびやキノコ的ポジションに。餃子がうなぎパイ的ポジションにつくかしら。
 女性は女性でセックスシンボルとしての耳を最大限活用し、少しだけ耳を見せるチラ耳ファッションが流行するわけです。耳のカバーにスリットを入れて見えそうで見えない感を出したり、耳たぶの先端をチラリと見せる「下耳」派と、上部分だけ少し見せる「上耳」派に別れるのです。中には小さな穴を空けてみたりとかする人もいるかもしれない。耳の露出度が年々変化して、耳カバーの流行も色々変化していくのでしょう。

 そういう事を友達に話したらかわいそうな人を見る目で見られました。別に私が耳に興奮する人間ではないのに。多分そういう問題じゃないと思いますけど。

 とりあえずエロって連呼できたので満足です。

    20:08 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

ツーマンセルでやってくる

会社の帰り道に後ろから「コンニチハー」と外人から声をかけられ、何かと思ったらツーマンセルの宣教師だった。
最初道でも聞いてきたのかと思ったら外人から「あなたは生まれる前はどこにいましたか?」と微妙なアクセントの話し方で聞いてきたのでようやく気付いた。
面白いから説法ごっこ開始。
「どこにもいません」
後ろの日本人メガネが割って入る。
「自分はどこから来たのかとか、考えた事はありませんか?」
「ああ、中学くらいの時はよく考えましたねえ。今では考えないようにしていますが。」
「どうしてですか?」
単に声をかける係なのだろう、外人は一切喋らない。ちなみにかなりのイケメンである。
「来世を考えると言うことは、ともすれば来世への期待や依存によって現在の努力を怠る事にもなりかねません。また、前世については、例えば大事な人との出会いや、人生の岐路において前世からの因縁と結びつける事によって現在の努力の否定になってしまうかもしれません。私は、現在の自分の努力と、選択によって生きていると考え、それらについての存在を考えることをやめました。もちろん先祖を敬うということとは別です。彼らは確かに私の延長線上に実在し、努力し、私を生むことに繋がっています。その努力を否定することもまたあってはならないことだと思います」
二人に言い聞かせるように交互に目を見て、ゆっくり、大きな声で話した。
まるでよどみなくそこまで話した所で相変わらず外人は一言もしゃべらず、メガネの方が唐突に「今を大事に生きるということですよね。私は神を信じることでとても充実した生活を送っています」とまるで繋がらない事を行ってきたので相手の目を見て「頑張れ!」と激励しておいた。なんとなくバツが悪そうに小さなチラシをくれて二人は自転車に乗って去っていった。もう終わりか。
神を信じますか?的な内容になっていったら酸素の実在とか数学的な奇跡の実現確率とかそういう話で盛り上がろうと思ったのに残念だ。
とりあえず一度も噛まずに上記の事がきっちりしゃべれたので良しとしよう。別に用意してあった訳じゃないし内容についてはこれ以上どうしようもない。

今回は相手が見事に聞く態度を持ってくれたんでうまくいったけど普段は大体人の話聞かない奴ばっかりなんで相手を見て内容を考えた方がいいとは思います。
    19:55 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

あの続編がやってきた

 ゲームや小説などの「お話」で、単発ではなく続きがあるものの場合、普通は前の話を知っている、前のシステムをプレイしている等の前提条件が必要になります。
 ゲームシステムについてはあまり問題はないのですが、お話については続きの話や設定がそのまま前の話のネタバレに繋がる事があります。大体単発のお話だとしてもやはりラストまで語ろうとするとネタバレの危険性があるというのに。

 まあ、例えば一作目で主人公が結婚してしまう、または死んでしまうなどの人生において非常に大きな岐路に立たされてしまっている場合、その続編で「今回は前作の主人公の息子が主人公となり…」といってしまう事でもうネタバレになる、なんて事も有り得ますわな。もちろんこの場合は一作目の主人公が結婚するかどうか、がストーリーの鍵になっている場合に限りますが。
 これがファイナルファンタジーのような「前作を遊んでいようがいまいがお話の繋がりはない」タイプの続編であれば何の問題もないのですが、ドラクエ3のようなタイプはわりとナイーブな感じになっちゃいます。まあ「犯人はヤス」並に公然の秘密と化しているので例としては適切ではありませんが。
 まあそんな訳で続編について語る場合はそういった部分を考慮しなければなりません。

 そういう事を考えた場合、「そう、あたしたちはこんなにも理不尽な世界に生きているのだらよ(以下だらよ1)」の続編である「そう、あたしたちはこんなにも理不尽な世界に生きているのだらよ3※この世界では2の発売の予定はありません(以下だらよ3※)」を語る場合しょっぱなから語りにくいという問題が発生します。
 とりあえずいつもの感じですよ、とかしか言いようがない。
 今作はチュートリアル的なパートがなく、いきなり実践編なので本当に前作をプレイしてから始める事をおすすめします。あとタイトルにもあるとおり2は存在しないので1をプレイするだけでいいです。

 一つめの爆弾を撤去した所でアップデートかましたらセーブデータが消えました。だらよフォルダ内にセーブ待避フォルダ作ったけど駄目でした。ちゃんと別な所に待避しておいた方がよいみたいです。これお兄さんとの約束。

    20:51 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

絆を繋ぐ前に終了

 戦場の絆というモビルスーツにまるで乗ったような気分で遊べる夢のようなゲームが、もう出てから結構経つんですけど、先日ようやくプレイ出来ました。オンライン対戦だとかチームプレイだとか色んな敷居の高さによって今まで躊躇していたんですが、立ち寄ったゲーセンではもうすでに斜陽なのかタイミングが良かったのかほとんど誰もプレイしていなかったんでカード作って入ってみたのです。
 これで俺もアムロみたいに活躍するんだぜ!とか思いながら、長年の夢であったモビルスーツに乗り込みます。

 一戦目でマジ酔い。

 もうね、マジで気持ち悪くなった。最初に動かしたとき、横平行移動で軽い横Gかかって「うわあすげえ!」とはしゃいだのですがその後動かすたびに前後左右に動く椅子にストマックがダメージを受け続けました。「ボディブローのようにダメージを受ける」ってこういう事を言うんだなと思いました。途中からプレイの最中ずっと早く終わって欲しい、戦争なんて何も生み出さないよ!と思ってました。もしかしたらそういうメッセージが込められているのかもしれない、なんて事をちょっと思いながら。絶対ないけど。
 なんとかザクを撃破してああ、やっと解放される!この地獄から!と思ったら。

 戦場の絆って500円で2クレジットなんですね。

 またやるの?
 もうマジで気持ち悪いんですけど。もうホント乗り物弱いんですけど。
 「悲しいけど、これそういうゲームなのよね」ってスレッガーさんに言われました脳内で。がんばります。

 そうしてプレイした数分が自分の中では何時間にも思えました。物事に集中した時に時間が濃縮されてたった数秒が永劫の長さに感じるというのがあるそうですがそれとはまったく逆の意味で長さを体感してしまいました。言うなれば死ぬほどつまんない授業がものすごく長く感じてしまう方向のアレ。
 よく考えたら動かなきゃ筐体も動かないんだからそうしときゃ良かったのにそこはゲーマーの性というか何というか二回ともザクしっかり撃破して回ってました。もうホントバカ。しかもそれ気付いたの今これ書いてる時。バカ真っ盛り。

 という訳で戦場の絆、素晴らしいアイデアと素晴らしいゲームだとは思うのですが二度とやらん。畜生。
    21:40 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

ジェノザウラー作成中

久しぶりに模型話。
ちょっと前にサイコジェノザウラーを作りました。
トミー版の普通のゾイド「ジェノザウラー」の改造で。しかしゾイドも今バージョンとか色々あって呼び方が面倒臭いですな。うかつに元祖とかいうとマニアから「元祖とは1983年に発売されたヘリック共和国とゼネバス帝国の頃のものを指すのだ」とか指摘を受けそうな気もします。
 まあ要するに普通の黒いジェノザウラーのゾイドを青く塗ってトサカ付けただけです。トサカのためだけにジェノブレイカーのジャンクをネットオークションで落札したりとかしましたが。あと真っ黒いんで初めてサフ吹いてみたりとか。

 で、今度はコトブキヤのHMMジェノザウラーを手に入れたのでまたサイコジェノザウラーにしようと思います。
 説明書通りに作ると頭部から作成なのですが、トサカをどうやって作るか全然考えていないのでスルーして手足から組む事にします。
 爪とか角が必要以上に鋭利に出来てて危ないから全部丸くしたり、さらに骨組みの上にすき間だらけの装甲をつけるという構造上、マスキングではどうしようもないので一部の装甲を後ハメ加工しながらやってます。
 なんつうか部品数が多すぎる上に前述した通りの構造なのでやっても全然終わらない上に形にならず、切り出す部品がどれもヒケだらけでそっちの処理しながらなんで(後でやろうとすると絶対忘れるから)全然進まない。長丁場になるので次にこの話題出すのがいつになるかまったく予想が付きません。今年中に終わるのかすら…。
    21:54 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

引っ越してくれ

蜘蛛よ。
ああ、蜘蛛よ。
頼むから家の車庫(屋根だけ)の柱と愛車の間に毎朝一生懸命巣を作るのやめてくれないか。
他にもいい場所あるだろう。
なんで毎朝同じ場所に作るんだ。
毎朝俺が破壊するのに。
頼むから他で作ってくれ。
    21:31 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

疑似体験

一本道のRPGという言葉を久し振りに聞いたので何となく書いてみる。
日本ではRPGは「体験する物語」という部分が特化して、いつの間にか「俺の物語を見ろ」になったという経緯があり、元祖であるテーブルトークRPGの「プレイヤーとダイスによってどう転ぶか判らない物語」を至高とする人たちから一本道だとかおつかいだとか揶揄され続けてきた。

 実は結構前から別に一本道でも構わないなあ思うようになっていた。さすがに里見の謎バリにマップまで一本道というのは困るけど、良く出来た物語を、あたかも自分が選んで体験しているように見せてくれるのなら文句はないかなーと。

 体験する物語というのは、自分が能動的に動いた結果として話や情報が得られるという事をしっかりとやってくれるもの。とあるマップにたどり着くとあとはムービーが流れて全ての話が自動で進んで戦闘は自力でやる、というようなのは体験では無く観賞してるだけなので好きじゃない。
 子どもの頃に遊んだRPGは表現能力が稚拙だったためにこういう自動的に進むお話というのがほとんどなく、わざわざ町まで歩いて、人に話し掛ける事でようやく新たな話の断片や情報が得られたわけで、それだって一人でべらべら喋ってくれる訳でもなく、沢山の人の話を聞いたりすることで自分の中でそれを繋いで理解していった。こういう事が自分の「体験」として脳内に刻み込まれるからいつまでも忘れないんだろう。ネットもなくてネタバレの危険性も少なく、ストーリーのパターンやお約束もまだ発展途上だった(=新鮮に受け入れられる)という点はあるけども。

 一本道でも良いものは良いよな、という考え方をする転機になったのがマザー2だと思う。マザー2は見事な一本道シナリオで人による物語の格差は妄想とレベル差以外ではあまり生まれない。だけどその素晴らしい物語と、控えめな演出とバランスによる「自分で選んでいる感」の徹底は見事だった。元々この手法は日本ではドラクエがほぼ源流だが、ドラクエよりもストーリーを体験させるための手段として特化させているのがマザーだと思っている。話が逸れるので詳しくは書かないがドラクエとマザーの決定的な違いはキャラクターの扱い方と町の繋がり。これもより物語を印象づけるために役立っている。

 よく出来た物語を、体験する事で強烈に記憶に刻み込まれるというのは他のメディアでは到底出来ない、ゲームならではの手法だ。根本のシナリオが面白くなければ何もかも台なしだけど、良い物語を体験出来るというのならば、一本道でも遊びたくなると思う。昨日の百質で一本道の是非にNoと答えたのはこういう事。
    23:24 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
プロフィール

毒蝮ワン大夫(又はヴァイ)

Author:毒蝮ワン大夫(又はヴァイ)
平和とHORIを愛するナイスガイ。
わりと衝動のままに生きるので日記の方向性が定まらなくて困る。

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