ハイスペック・バカ

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「アリクイのいんぼう」感想文


 何年か前に実印を作りました。
 出来上がって来た判子は、とても大きく、太く、材質もしっかりとしていて、樹脂で覆われてゴムで文字が彫られたシャチハタ印とは当然違いますし、認印とも全く違う堂々たる風情に、しばらく眺めていたのを覚えています。そんなに高いものではありませんが、それでも実印を持つという事の意味を考えると少しだけ気が引き締まる思いがしました。

 考えてみれば判子を作る時……つまり何らかの書類に判子を押す時というのは、割と人生におけるなんらかの岐路に立っている時というのが多いんじゃないでしょうか。
 大きな買い物をするとか、個人情報が大きく変化する時とか、身分証明をする時とか、バポナを買う時とか(2017年現在は不要だそうです)。
 
 判子にまつわるお話というのは、意外と複雑で、面白い話が多いのかもしれません。
 特に店主が普通とちょっと違うお店なら、なおのこと。

 先月の8月25日に鳩見すた先生の新作「アリクイのいんぼう」が発売されました。いんぼうです。淫謀と書くとアリスソフトのDPS SG1に入ってた信長の淫謀を思い出します。初めてプレイしたアリスソフトのゲームです。同じグラフィックで全く違う二つの話が楽しめるという面白い構造になっていましたね。エロゲーなのでお得感よりはむしろ「結局同じ絵なのかよ!」感がありましたが。
 まあ古のエロゲーの話はどうでもいいですね。
 アリクイのいんぼうです。
 川沙希という町で、アリクイが印房兼喫茶店を営んでいるのです。
 なぜアリクイなのか、という事については特に言及されません。もしかしたらアリクイに見えているのは自分だけなのかもしれないし、そもそも目に見えているこの世界が本当に自分が見えている形になっているのか。本当の自分はどこにいるのだろうか。
 そういう話じゃありません。
 アリクイは、判子を彫ります。あと珈琲を淹れたりミルクセーキを作ったりケーキを焼いたりします。
 お店にはカピバラがいたり小説を書く鳩(!)がいたりします。
 ウェイトレスはロップイヤーのウサギ耳を付けた女の子です。

 そんなお店に、色々な事情をかかえて判子を作ろうという人がやってくるお話です。
 大きな事件が起こったりするわけじゃありませんが、その人達にとってはとても大事な問題がちょっとずつ解決します。具体的にアリクイさんや判子が何か解決に導くわけじゃありませんが、それでも確実に物語の中心にアリクイさんがいます。この辺のさじ加減が凄く好き。それでも毎回ちょっとした謎や気になる所があって、それが気になって先を読み続けてしまうのです。毎回主人公が違うおかげで文体もそれぞれのキャラクターに合った雰囲気になっているのも素敵。ちょっとずつ文章のリズムが違うんですよ。根底にあるものは同じなんですけど、それぞれ編曲の方向性をちょっとだけ変えてあるみたいな感じで。ベースにしている楽器の違いのような。音楽詳しくないのになんで音楽で例えようとしてるんでしょうか私は。
 
 最初のお話は不動産屋で働く女性のお話。
 このお話の好きなところは女性がちゃんと自立した女性である所。仕事は出来るけど無理して男性に負けないぞって感じの意地を張るタイプでもなく、適度に愚痴って適度に仕事を楽しめている感じ。人生の優先順位で仕事が高めな感じがします。というか実際そうで、おかげで結婚とかしてないけど本人はそこまで困ってない。割と今時の働く女性像って感じがします。感じって言葉を何度も使いすぎだ。
 実印についてのちょっとした知識が得られたりします。
 
 次のお話は奥様に先立たれた男性のお話。
 思い出の詰まった家を売るために判子を買おうとしてアリクイさんのお店にやってきます。今作で一番萌えるのはある意味この方かもしれません。先立たれた奥様に本当に愛されていて、そしてとても上手に手玉に取られている所。家の中で見つからない捜し物の意外な隠れ場所と、その意味を知ったとき、その深い愛情に涙すること請け合いです。あんまり泣けるとか書くと安っぽくなっちゃうかもしれないけど、意地っ張りなおじさんが意地を張りながらも亡き妻の愛を受け入れる所は本当に素敵なシーンです。
 ピザトーストは夜中に食べるのが一番美味しいよね。あとピザソースじゃなくてケチャップを使うのがいいんだよね。
 
 次は夢を諦めた女性のお話。
 音大とか美大っていうのは、まあ夢を持って入学して膝に矢を受けて出て行く所だとは思うんですが、このお話の主人公も例に漏れず。
 しかし諦めた途端に夢見る若者と知り合ってみたり、その若者の秘密を知ってみたり、そして彼の想いをちょっと後押ししてあげたり。これから辞める人がなんでそんなに夢ある若者に対して優しく出来るのかなと思う所かもしれませんが、多分彼女は本当の意味で夢に対して絶望しているのだと思います。だからこそ出来る事かなと。焦ることも羨む事もなく、純粋に困っている人に手を差し伸べている。生来の人の良さに加えてそういう部分があるのではないかなって。
 先日、ホットケーキミックスを炊飯器にぶち込んで早炊きにしてみたら思いのほか膨らまずに蒸しパンみたいな食感になりました。あんこは入れてません。
 あとシャチハタ不可の意味がわかったりします。
 
 そして、最後のお話は、これまでの全てのお話が上手に繋がる、とあるお話。
 連作短編で、お話ごとに主人公が変わるオムニバス形式なのですが、全ての登場人物はこの巻の中でどこかで繋がっています。他の話でカメオ出演する事もありますし、実はちょっと重要な人物として再登場したりなんかもします。読み返してみるとあの時のあの人はこの話のあの人だったのか、という事がよくわかります。こういう複雑な構成は二度三度と読み返したくなるからずるいですね。
 なんと後書きまで本編に伏線が張られているというこだわりようです。
 
 所で、メディアワークス文庫はライトノベルではなく一般文芸レーベルの扱いなのですが、特に女性読者の比率が高いそうです。電撃文庫のアッパーバージョン扱い(怒られそうな表現)なのに読者の性別比率が反転しちゃうのも面白いですが。
 なるほどこの作品も若い女性が好きそうな、という言い方は語弊があるかもしれませんが、少なくともライトノベルのような男子中高生が夢中になるお話ではないと思います。ちょっとした日常と、そこからほんの少しはみ出した非日常が絡み合った「ほろり笑いの物語」(裏表紙より)。休日の昼下がりに陽の光の入る部屋とか、お気に入りのカフェの席とか、そういう所でお茶を飲みながらちょっとずつ読み進めるような、なんかそんなお洒落な光景が似合いそうな気がします。昔からすたさんの文章は嫌味のない小洒落た感じがあって、前にもこれ書きましたが都会の水を飲んでる人の文章だよねって思います。
 そういう意味ではメディアワークス文庫には凄く合ってるのかもしれない。イラストの可愛さと読みやすくて小気味良いリズムの文章。
 今回もオススメなので読むとよいです。Kindle版も出てますし。
 
 
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    01:22 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

年を取るってこういうことね(打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか感想)


 卵から孵った雛は最初に見た動くものを親だと認識するそうですが。
 最初に見た作品というのは、その人にとって(少なくとも同一ジャンルの中で)相当なウェイトを占めるという事はよくあります。原作厨とかファースト厨とか、色々な言われようはありますが、やはりそれくらい重要だという事です。
 音楽でも名曲は様々な人がカバーする事が多く、古くからある名曲だと最初に聞いたのがカバー曲だったりして、その人にとってはカバー曲の方が原点になっちゃったりすることも多いのではないでしょうか。
 僕も結構頭の固い方ですので、なかなかアレンジとかカバーとかには興味を持てなくなっちゃうタイプなのです。
 そういう人が書いている文章であるという事を最初に念頭においておきたいと思います。

 久しぶりに模型完成品をアップしていこうとブログを再開した所でいきなり緊急特番的に書き始めたのは、とある映画を見たからなのですが、映画の感想としては実に客観性に欠け、感情にまかせて書いている部分が大きいです。なので冒頭でお断りを入れておかないといかんのではないかと思ったのです。あくまで個人的な感想であります。まあ、いつも言ってることではありますけど。

 あまりに長くなってしまったので、ここらで畳んでおきます。
 当然のようにネタバレ前回ですのでご注意ください。
 どうでもいいけど新しいブログ投稿画面、明らかに前のほうが使いやすいぞ。
    01:03 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

「占い師・琴葉野彩華は占わない」感想文

 僕は音楽について全く素養がありません。
 小さい頃から音楽を聴く装置を所持した事がなく、高校になったくらいにようやくCDラジカセを中古で手に入れたくらい。あまり熱心にCDを買ったりする事もなく、深夜ラジオで気に入ったアーティストのアルバムを一枚買う程度。唯一揃えたCDは丹下桜さんだけです。キモオタですみません。
 なので音楽について語りたい時、専門用語が使えません。技術的な事から攻めることが出来ません。
 出来る事と言えば、どのように感動したか、どんな風に僕が思ったか、そういった事くらいです。

 そもそも僕が専門用語を駆使したレビューや解説が出来るジャンルなんかないのですが。
 だから僕はブログで何か面白いものを見た、読んだ、聞いた時にはタイトルや文章中に「感想文」という表現をします。レビューでも解説でもなく、感想を書いているだけです。

 そんな僕なので以下の文章もやっぱり感想文です。空リプのような届かないラブレターです。だけどそれで一人でもいいので感想を共有してくれる人がいれば嬉しいし、一冊でも売れてくれれば気持ち良いので、久しぶりに書いてみようと思います。
    14:36 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

「この大陸で、フィジカは悪い薬師だった」感想文


 ファンタジー作品を観た・読んだ時に、「こいつぁ強烈なファンタジーだぜ」と思うときと、そうでもない時があります。
 途中までいいなと思っていても、何かの拍子に冷めてしまう事もあります。
 逆に、それほど独特の世界観を持っていない作品であっても、最後まで冷める事なく、ファンタジー感を味わい続けられる作品も、もちろんあります。

 今回読んだ作品は、その後者に当たる作品でした。

 電撃文庫、鳩見すた著「この大陸で、フィジカは悪い薬師だった」
 (リンク先は公式サイト。試し読みも出来ます)

 その世界で一番勢力の強い宗教「エイル教」の信者にして、布教ともう一つの仕事を行う主人公アッシュは、その仕事、害獣退治がきっかけで一人の少女と出会います。害獣に返り討ちにあい、死にかけたアッシュは彼女に治療され、法外な治療費を請求されるというあまり良いとはいえない出会い。さらにその少女フィジカはエイル教の教えからすれば異端もいいところ。教典で害獣とされているモンスターを助け、自然の摂理に反する治療を行い、法外な治療費を請求する。
 助けてもらった恩と、異端者を確保しなければならない自身の職務の板挟みに合いながらフィジカに勝手に同行し続け、彼は次第にエイル教の教えだけでは成立しない、様々な世界の真実を知っていく。

 この作品は、それほど突飛な世界観を有しているわけではなく、日頃ファンタジーなRPGとかのゲームをやっていると何となく想像出来る、「日本人がよく想像する最大公約数的なファンタジー世界」に近いものを持っています。設定上最大の個性はエイル教という存在になるわけですが、ここはとてもしっかり作られていて、色々なオマージュや皮肉が混じっている上に、作品を動かす根幹ともなっています。
 作品で描きたい部分が「俺のファンタジー世界を観てくれ」ではないので、ここをあまり凝ったものにしないのは正解だと思います。むしろ我々の世界に存在する固有名詞を普通に使う(植物や料理などにオリジナルの名前をほとんど使っていない)事で、余計な部分で頭を使わずに澄むのは愚かな僕でもストーリーが頭に入りやすいのでありがたいくらいです。

 ではなぜこの作品で強烈にファンタジー感が味わえるのか。

 それは、この作品がファンタジーの世界の中で描かれているからです。
 まず、最近の異世界転生系に多い、ゲーム的な、メタフィクション的な構造やルールを一切持ち込んでいません(まあ、当たり前と言えば当たり前なのですが)。キャラクターが攻撃をする時に「スキル」を使用したりとか、「パラメーター」的なものがあったりとか、そういうものもありません。
 そして、登場人物全員が、ちゃんとその世界の中のルールに則って生きています。言動が、ちゃんとその世界の中でしか通用しないんですね。

 具体的な例を挙げましょう。
 これは他の作品で、ファンタジー世界に召還された主人公が活躍するタイプの小説のアニメを観ていたときの話です。
 その中では特にゲーム世界っぽい描写はなく、本当にファンタジーな世界を彷徨う感じがよく出ていたのですが、途中で出てきたキャラクターが、割と近代から現代にかけて台頭してきた価値観を持って、その辺の新しい言葉を使ってくるシーンがありました(僕が無知なだけで、古くから使われている言葉である可能性も十分あるので、言いがかりといえばそれまでなのですが)。
 蒸気機関も使われていないような世界で、近代以後の価値観を持った人がいないとは言いませんが、そこまでの天才ではないキャラクターが、普通に現代人と同じようなメンタルで、同じような言葉を使っていた時に、僕の中でその作品から急速にファンタジー感が失われていきました。彼の事は「とても優秀な人物なのだろうな」という事はとてもよく分かったのですが、残念ながらそこで「彼はフィクションの世界に用意された駒なのだな」という感じがしてしまったのです。

 あまり他の作品を貶すような事で褒めるのはよろしくないのでこの辺にしますが、とにかく「こことは全然違う世界のはずなのに、住んでいる住人のマインドが現代人と変わらない」というのは、僕としてはとても残念なのです。価値観は時代に大きく左右されます。衛生観念、金銭感覚(そもそも貨幣経済がどれくらい浸透しているのか)、生活習慣、それら全てはその環境から発生するもので、それらとちゃんと合致しているなら気にならないのですが、そこが無視されると、途端に冷めてしまうのです。

 多分この辺の自分のこだわりは、僕がグローランサ(TRPGルーンクエストの主要な背景世界)が大好きだからだという所に起因しているのかもしれません。グローランサはビジュアル的な、歴史的な、神話的な、あらゆる意味で「オリジナリティの塊」でした。そして全てに何かしらの土台として、現実世界のモチーフ(またはアイロニー)が埋め込まれていました。
 グローランサの住人は、自らが信奉する神と同じように考え、同じような行動をする事で、いつか自分たちも神に近づき、英雄となる事を夢見る人達です。
 僕はその世界に衝撃を受け、オーランシーやフマクティ達、トロールやドワーフ達の「我々とは一切相容れないキャラクターが確立している事」に憧れています。

 重要なのは実はビジュアルでも突飛な設定でもなんでもなく、たった一つの重要な嘘と、そしてそこに住まう人達がちゃんとその嘘(その世界からしたら、重要な規律)に従っているかどうか、なのです。

 「この大陸で、フィジカは悪い薬師だった」に登場する人物達は、もれなく完璧にその世界の規律から逸脱する事なく、彼らの役割を演じてくれています。前作「ひとつ海のパラスアテナ」でもこの辺が本当に見事に描写されていたので、これが氏の持ち味であり強みなのだと思います。地味で、とても大変な割にあんまり評価する人のいない部分なのですが、作品の「なんかわかんないけど良かった」感を一番増強してくれているのは、多分ここだと思うのです。
 化学調味料を使わない、煮干しやカツオ節から丁寧に出汁を取って、欠けたお米を外して、材料を均等に切り分け、魚の小骨を全て外し、丹念に下準備をした上で、丁寧に調理されて出された料理のような、味わい深い作品です。
 こういう作品が、もっと評価されるようになるといいなと思います。

 もうちょっと作品内容に触れておきましょうかね。
 乱暴に説明すると、ファンタジー世界で、女の子が主人公で、患者が主にモンスターのブラックジャックです。
 モンスターに関しての描写はとても細かく、ゲームで見知った相手でありながらも驚きを感じる、またはニヤリとする事が多いです。バジリスクとコカトリスの話なんかは一話目に持ってくるのに相応しいネタですよね。
 そして先ほどまでの内容と相反するような事書きますが、フィジカは作中で最も現代人に近いメンタルと知識を持っています。あくまでその世界で逸脱した存在である事の描写としての、というレベルですが。わからずやで古い考えを持ったアッシュと対称的で、それがこの作品の核となって話は進行します。世界観とキャラ造形が一体となったとても良い例だと思います。

 血湧き肉踊る戦闘とか、絶妙なエロスとかそういう濃い味付け、大きな盛りつけはされていませんが、出汁の効いた奥深い味わいのあるファンタジーです。ファンタジーに胃もたれ気味の人にも是非ご賞味頂きたい。

 この流れでファンタジーグルメ的作品だったら完璧だったんですけどそういう作品じゃありません。でも細かい料理の描写がすごくうまそうで腹が減る作品でもありますよ。ここもまた「出汁」が効いてます。
    13:38 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

ひとつ海のパラスアテナ 3巻感想(いちおうネタバレ配慮してます)


 ひとつ海のパラスアテナ、3巻です。
 タカが最初からいるので今回はネタバレ配慮で書き出す事にします。まだ買ってないんだよねって人は、まあ読めよいいからって感じですが、ちょっと今回の感想を読んで参考にしてもらえればなーと思います。思った事を適当に書き散らして行くスタイルなので参考にならないかもしれませんが。


 ようやく再会出来たタカとアキが、改めて出発しようとした矢先に発生した大事件。さっきまでそこにあったセジングフロートが海に沈んでしまいました。
 という、とてつもない引きで終わった2巻。
 アークへの鍵の事や、オルカの親の行方など、様々な謎を残して終わってしまっていましたが、今回、色んな意味で伏線は回収されます。完全に解決されないものもありますが、それでもこれから何をすべきか、という方向性が定まっただけでも進歩だと思います。
 さらに世界が一気に広まり、アフターというこの世界の謎の一旦を垣間みる事が出来ます。どこまで世界の謎に肉薄するのかはわかりませんが、これまでの話は序章だったのかもしれません、という位には広がりました。そしてゲーマーは今回ニヤリとするシーンが。僕はあのゲーム大好きでした。脱衣。


 今回は、今までよりも現代社会の悩みにちょっと近い苦しみが多いような気がします。それは、今までの話の多くがアキと海との直接対決が主軸にあったからかもしれません。もちろん今作も海との戦いではあるのですが、話が進むにつれて、どんどん知り合いが、仲間が増えて行って、アキの中で社会が形成されていきました。タカやオルカといった家族に近い仲間だけでなく、ドリルさんやシマさんなどの関係者、シーロバーなどの敵対する人など、どんどん世界が広がっています。人が増えれば対人関係の悩みが増えます。アキは今まではメッセンジャーとして一人で暮らして来たので、「すれ違う」人は多くいたでしょうが、「かかわり合う」人はあまりいなかったのかもしれません(描写がないだけで仲の良い人がいなかったとは思いませんが、少なくともタカのように彼女の心の中に悠然と居座る人はいなかった可能性は高いと思います)。
 アキが少し大人びたのではないか、というような事をタカが劇中でぽつりと言い出すのですが、それは環境の変化によるものが大きい気がします。
 今回もまた、海の怖さを思い知る部分があるわけですが、そこも今までとまた違った苦しみがアキを襲います。毎回よくもまあ違った角度でアキを苦しめられるものだと感心させられますが、今回は「1巻の孤独と2巻の二人遭難を経ての孤独」というかなり深いところにきました。最初から一人である事と、人のぬくもりを知った上での独りは精神的なダメージが段違いですよね。自分で選んだ事なのに、つい人を恨んでしまうとか、僕もよくありますが、こういう弱さが描けるのが素敵です。アキはすごく強い子なんだけど、同時にすごく弱い子でもあって、その弱さを持っているからこそ強さが発揮出来るのだろうなって思います。オルカがアキに対して絶対的な信頼を置いているのは、前巻で一緒に居続けた事でその部分がわかったからじゃないかと。痛みや弱みを知らない強さは、自分が毒の沼地を歩いている事に気付かず歩いてしまう危うさがありますが、アキは少なくとも自分から死に急ぐような事はないはずです。結果的に死にそうになる事は多いですが。


 僕は以前から「物語の主人公というものは、周囲の運命をねじ曲げる能力を持った人だ」と思っています。絶対条件ではありませんが。
 そして、アキは見事にこの条件を満たしています。出会う全ての人の運命をねじまげてここまで来ました。今回も登場人物の大半の運命をねじまげます。彼女は決して「俺についてこい」というタイプの、リーダーシップを取る人ではなく、むしろ巻き込まれ型主人公に近いタイプだと思うのですが、その不思議な魅力で巻き込んだ側の人達を変えていきます。あんまり似たタイプのキャラがすぐに思い付かない、良いキャラだと思います。


 今回、舞台が海の底で、色々な潜水を行うんです。表紙のイラストもそれっぽいからこれくらいは(ネタバレ的に)いいと思うんですが。
 さすがに今回も細かい描写で色々な事を後で飲み屋で語ってドヤ顔出来そうな事がたくさん書いてあります。季節柄大変よい感じですね。海の底というのは、たった数十メートルでも絶望的な距離になります。簡単に上がれないし、助けに行けない。陸上なら走れば数秒でたどり着いてしまうような距離なのに、ただ下に降りるというだけでこれほど難しくなるとは。初期で「死ぬ時は死ぬ」という事を徹底的に叩き込まれた状態で続きを読むと本当に怖いんですよ。「安易な犠牲は出さない」という作風でもあるのですが、途中で誰が死んでもおかしくない状況が続きますんで、緊張感もかなり高いです。


 さて、この作品の真の恐ろしさは海の恐ろしさではなかったりします。
 作品中に散りばめられたフェティッシュ感溢れる描写なのです。今回も色々と凄い描写が満載です。何が恐ろしいかというと世界観に合致してるせいでその描写が浮き上がってこないのですよ。「アフターだからしょうがないね」で済まされちゃうわけですよ。体毛がほとんどなくなったとかサラリと書いてますけど五秒くらい考えたらわかると思いますがつまりそういう事ですよ。同時に水かきの事とか色々書いてあるせいで目立ちませんけど、ねえ。どういう事なの。最高か。

 百合的描写も完備。今回はもはやハーレム状態と言ってもいいくらいに。タカとオルカが「どっちがアキの正妻かを言い合う」シーンとかはもう、「読み方によっては百合っぽいかしら?」みたいな状況じゃなくなってます。百合でハーレムって書いちゃうとちょっとふんわりした雰囲気を想像しちゃうかもしれませんが(僕だけですか)、わりとガチです。愛と誠の岩清水くんくらいのガチっぷりです。
 どれくらいガチかというと、タカが言った台詞はこんな調子ですよ。
「あんた、私が何のために医者になろうと思ったか分かってる?私よりあんたが先に死ぬのが嫌だからだよ、一緒なら死ぬのは一緒」
 これが百合的にヒャッホイする部分なのはもちろんですけど、1巻の冒険と、2巻の再開を踏まえてタカが言う言葉ですからね。なんというか重みが違います。
 オルカも負けじとガチな台詞を繰り出します(シーンはつながってません)
「タカさんはアキさんを幸せには出来ません。だからパラスアテナには私が必要です」

 百合的に見ても相当なレベルですが、彼女らが経験した壮絶なサバイバルは、深い絆を生み出し、そして「相手のために自分に何ができるか」をプライオリティの最上位に持ってきているので、傍目にはハーレム状態に見えちゃうんですよね。タカとオルカの言い合いは、つまり「どうしたらアキがもっとも幸せな状況になれるか」であって、「どうしたら自分(タカ、またはオルカ)がもっとも幸せな状況になれるか」ではないんですよ。二人ともその観点で言い争っていて、そしてどちらも譲らない。この作品のこういうところが大好きです。3巻は前巻よりすごく好きだなって思ったんですが、この辺のくだりがツボに入ったのかもしれない。
 ちなみに僕自身は熱心な百合クラスタではないので、多分本物の百合クラスタな人が読んだらもっとすごく楽しめるんじゃないかと思いますよ。どういう感想になるのか、聞いてみたいかも。

 どうでもいいですけど1巻の感想に書いた「このままイースみたいになっていくのかしら」という言葉が、タカがそれっぽい突込みをアキに入れてて笑ってしまいました。あたらずとも遠からずって感じ。まあ、アドルみたいにシリーズ変わるたびに捨てていったりはしませんが。

 とりあえずラノベっぽくない事がむしろライトノベルらしいという逆説的な素敵作品、3巻も間違いなく面白いので読みましょう。Kindleにもなったので読みやすくなった、という人もいるんじゃないでしょうか。


 
    18:29 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

ひとつ海のパラスアテナ2巻感想(ネタバレ有り)

 われはうみのこ。これ以上歌うと金銭が発生しそうなので以下略。

 相変わらず地元の海開きはまだ遠いし、開いた所で行くかどうかわかんないですが(今住んでる所は車で10分も走れば海に着きますが)、それはそれとして我々は海の広さと美しさと怖さを一冊の本で知る事が出来ます。
 ひとつ海のパラスアテナ、2巻が4月10日に発売されました。
 1巻が出て2ヶ月という短さでの発売です。1巻が出てから電撃文庫マガジンでの短編、店舗特典での掌編が二つ、ニコニコでの短編連載が一つとなった上でこれですから、ここまでどれほどの速度で執筆していたか想像を絶するものがあります。

 色々と考えて、何度も書いてみて、どうしても書けなかったので、今回は読んでいない人向けのネタバレ配慮の感想文は書くのをやめました。
 1巻を読んでいない人には、過去の感想文を読んで下さい。
 1巻を読んだ上で2巻を買おうか迷ってここに来た人は、いいから本屋に行け。

 という訳でネタバレアリの感想文が以下続きます。
    18:32 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
プロフィール

毒蝮ワン大夫(又はヴァイ)

Author:毒蝮ワン大夫(又はヴァイ)
平和とHORIを愛するナイスガイ。
わりと衝動のままに生きるので日記の方向性が定まらなくて困る。

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